虹のブランコ#3

スマホを置いて

 

何年か前に見た、ある光景が忘れられません。

公園で、男の子が乗ったブランコをおかあさんが押していたのですが、

手にした携帯電話の画面をずっと見たまま子どもの表情を見ようともしません。

おまけに、片手で押しているので、ブランコが揺れて、とても危なっかしいのです。

 

 それから年月は流れて、

今、乳幼児のいる母親の約6割がスマホを使っているそうです。

「朝起きると、2歳の孫がスマホを持って立っていました。

なにやら操作していて、わたしが声をかけても夢中で気づかない。ぞっとしました」「生まれて間もないあかちゃんを抱いたおかあさんが、

リズム遊びやいないいないばあのアプリをダウンロードして、

あかちゃんに見せていました」。

そんな声を聞くことも増えました。

わたし自身も最近、電車の中で、

10歳くらいの女の子が、おかあさんが居眠りしている横で

ずっとスマホのゲームをしているのを見かけました。

だんだんとこんなふうになっていくのを、どうしたらいいんだろうと思っていたら、

あかちゃんの喃語に反応するアプリも今はあると聞いて、絶句しました。

 

 県立子ども病院(安曇野市)での読みきかせで、

個室に入院しているあかちゃんのところに行ったときのこと。

 

「何か本を読みましょうか?」とおかあさんに尋ねると、

「あ、この子は本が嫌いなので、いいです。

わたしが読んでも必ず泣くんです」。

 

「そうですか…。でも、ためしに一冊だけ読んでみましょうか」。

わたしは持参した絵本「いないいないばあ」を

ありったけのやさしい声で読みました。

「にゃあにゃが ほらほら いないいない ・・・ばあ」

はじめは絵を見ていたあかちゃんが、次にわたしの顔をじっと見ています。

そして、なんと、にこっと笑ったのです。

それを見たおかあさんが

「あ、今、この子笑いましたね。やだ、笑ってる」とさけびました。

 

次の月、4人部屋に移っていたその子をまた訪ねると、

おかあさんがニコニコして待っていてくれました。

「あれから、いっぱい絵本を読みました。

前は、わたしの読み方がまちがっていたんですね。

『いないいないばあ』もおどかすような口調で読んでいました。

どこか義務みたいな気持ちだったんです。でも今は、本を読むのが楽しくて…」

その日の帰り道、わたしは車の中で鼻歌を歌いながら帰りました。

 

 あかちゃんは、絵本を読んでもらうとき、読んでくれる大人と、

本を通して心を通わせているのだと思います。

だから、大人に余裕がないと、同じ本でも反応がまったく違ってしまう。

あかちゃんと一緒に絵本を読む事を、大人が本当に楽しいと思っていれば、

その思いは確実に伝わります。

そして、子どもはあかちゃんのうちから個性があり、興味を示すものも違います。

一人一人違うあかちゃんの個性や反応を、ちゃんと受けとめられるのは人間です。スマホには、それがわかりません。

 

携帯を見ながらブランコを押していたおかあさんは、

ブランコが高くあがったとき子どもが見せた、

自慢げで晴れやかな表情を見逃してしまったでしょう。なんてもったいない。

スマホや携帯をポケットにしまって、子どもと心を通わす大人が増えますように。 

 

「いない いない ばあ」

松谷みよ子・文/瀬川康夫・絵  童心社 700円+税 

 

同じタイトルの絵本はたくさんありますが、

「いない いない ばあ」といえば、この絵本。

1967年初版。これまでに530万部が刊行され、

親子3代にわたって親しまれています。

あかちゃんが、いないいないいばあの

遊びをおぼえるころは、本のページをめくるのも大好き。

一緒に読むと、声をだして笑ってくれます。