障害に寄り添う
『クシュラの奇跡―140冊の絵本との日々』は
視覚と聴覚に重い障がいをもって生まれた女の子の
言葉の発達を助けた絵本についての詳細な記録です。
この本に出会ったのは、夫婦で子どもの本屋を開いて4年目。
自分たちの仕事の方向を模索していた時期でした。
「クシュラの読んだ本が、クシュラの人生の質をどれほど高めたか(中略)
クシュラの読んだ本がクシュラに大勢の友だちを与えたことこそ重要である」
と力強く語るバトラーさん。
自分たちの仕事の目標がはっきりしました。
そんなある日、この本のお話をすると、
そのお客様はじっと本を手にとって考えていたのですが、
「わたしの娘も難聴児です。この本、早速読んでみます。」
この日を境にそのおかあさんは、いっそう熱心に娘さんに読み聞かせを続け、
娘さんは、心から絵本の世界を楽しみました。
わたしもこれをきっかけに難聴児の読み聞かせについて、勉強を始めました。
たとえば『3びきのくま』という絵本でいえば、
「ちいさな、ちゅうくらいの、すごくおおきな」という大小の言葉の感覚は、
難聴児にはイメージしにくいのですが、
この絵本を読むうちに、絵の助けによって、理解できるようになります。
また、『うらしまたろう』の紙芝居を例に
「最後に若者が玉手箱を開けるけど、さっきの若者はどこにいったの?」と
聞かれるんですよ、と聾学校の先生から教わりました。
なるほど、わたしたちは普段、言葉によって時間の経過を理解し、
一瞬のうちに若者がおじいさんになったということもわかるのですね。
先ほどの女の子は、相手の口の動きを見て、
話の内容を理解する読話が早くからできたので、
小・中学校とも普通学級に通い、めきめきと力をつけ、
ついには難聴児が一番苦手とされるファンタジー作品
『ナルニア国物語』を読破するような立派な読書家になりました。
しばらく音信不通だったのですが、最近なんとあかちゃんを抱いて、
お母さんといっしょにご来店されました。
わたしは思わず聞いてみました。「本が好きだと、どんな事がよかった?」
すると彼女はにっこり笑って、
「わたしの知らない、いろいろな世界を見せてくれる事です。」
彼女が、自分の子どもさんにも本を読んであげようとする行為は、
本に対する信頼の表れ。
そしてこれは、彼女のお母さんの愛情と、努力の賜物です。
「もうひとりのクシュラがいる」とわたしはその時感じました。
著者のバトラーさんはこう語ります。
「進んで子どもと本の仲立ちをする人間がいなければ、
そもそも本が子どもに渡らない。
長期にわたり病床にあり、障がいをもつあかんぼうに、
本の読み聞かせを処方する医師や専門家がいるでしょうか?」と。
本が大好きなある女性のあかちゃんは、
重い病気のため、生まれた時から病院のベットにいました。
彼女が、わたしに教えてくださった言葉が忘れられません。
あかちゃんに『どんなにきみがすきだかあててごらん』
という絵本を読んでいた時のこと、
その子が「きみのことこんなにすきなんだよ」という部分を読むと、
涙を流すというのです。
「この子、体は動かないけれど、心は動いているのよ」と。
子どもには本とそれを読んでくれる人が必要です!
「クシュラの奇跡‐140冊の絵本との日々—」
ドロシー・バトラー著/百々佑利子訳
のら書店 1600円+税
複雑で重い障害を持って生まれた女の子クシュラ。
生後4カ月から母親がはじめた絵本の読み聞かせによって、
豊かな言葉を獲得し、成長していく姿を克明に描いた記録。
著者は、ニュージーランド在住のクシュラの祖母で、大学の研究論文として書いたもの。
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