虹のブランコ #10

5歳の娘と本を読む

 

 わたしは娘が5歳の頃、いっしょに本を読むことですばらしい体験をしました。5歳といえば、ひらがなを覚えはじめ、拾い読みを始める時。また、この時期は、耳がとても良くなり、絵を見なくても、昔ばなしやお話を聞くことができるようになります。

 その時読んだ本は「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」。娘が保育園でなわとびができるようになった日を待ち、「きょうはなわとびが出てくるとっても長いお話を読むから、いつもより早くお布団に入ろう」と娘を誘い、布団にもぐりこみました。娘は神妙な顔で、わたしが読むお話を聞いていました。

 このお話は、なわとびがうまい女の子エルシーが主人公。七つになった頃には妖精の国でもなわとび上手が評判になり、妖精の師匠から、1年間みっちりなわとびの手ほどきを受け、誰にも負けないなわとび名人になります。

 時は流れ、おばあさんになったエルシーのもとへ、村の危機が伝えられます。よくばりな地主が、村人の憩いの場であるケーバーン山でのなわとびを禁止するというのです。その時エルシーは敢然と立ち向かいます。

 お話のクライマックスで、地主が立ち入り禁止の杭を打ち込もうとした所を読んだ瞬間、びっくりするようなことが起こりました。娘が「うー」と低いうなり声をあげたのです。わたしは、あっけにとられ、娘がどうかなったのかしらと思いました。まるで魂をどこかに持っていかれたかのような顔だったのです。

 ところが、その後エルシーが登場し、なわとびを始めた途端、一転して娘の表情は輝き、布団から出ると、なわとびをするまねを始めたのです。その幸せそうなこと!

「あー、子どもにはかなわない。どうやったって、こんなお話の味わい方は大人にはできない」と、思い知らされました。お話の魔法にすっぽりと包まれた時間。子どもといっしょに本を読んできた中でも、それは忘れられない至福のひとときとなりました。

 

 この時読んだ「ファージョン作品集」は長いことわたしの本棚にありましたが、実は特別お気に入り、というわけではありませんでした。ところが、ある交流会で、ゆうに30分を超えるこのお話を語った人がいたのです。その時は、わたしの目の前にエルシーが現れ、軽快になわとびをしたかのようでした。活字で読むのではなく、人にお話をしてもらうすばらしさを、わたしは身をもって知りました。その体験から、このお話は自分の娘と一緒に読もう―とタイミングを計っていたのでした。

「あんなに絵本を読んであげたのに、うちの子はちっとも本を読まない」と嘆く親御さんは多いのですが、「本を読んでもらうこと」と「自分で読むこと」の間には大きな溝がある気がします。読んでもらうことは、親の愛情を感じながら本の世界に入っていける楽しい時間です。

 それに対し、一人で本を読むようになるには、ちょっと手助けが必要です。この時期こそ、大人は生の声で本を読み、いっしょに楽しみましょう。耳で聞き、頭の中にイメージができれば、一人読みまであと少しです!文字を読む速度とイメージする時間が一致すれば、子どもたちは一人でどんどん本の世界に入っていけるようになります。


 

「エルシー・ピドック、

  ゆめでなわとびをする」

エリナー・ファージョン/作 

シャーロット・ヴォーク/絵

石井桃子/訳 岩波書店 2,100円+税

 

 

 1956年に第1回国際アンデルセン賞を受けたイギリスの児童文学作家エリナー・ファージョンの作品。初めて絵本化するにあたり、シャーロット・ヴォークはイギリスにあるケーバーン山を実際に訪問。「すばらしい場所だった。魔法が生きていた」と語っているという。